発達障害は個性なのか論争にASDの僕が思うこと

発達障害

発達界隈で定期的に論争になることが一つあります。
それは発達障害が個性なのか、それとも障害なのかということ。
発達障害は生まれつきのもので、二次障害でうつ病などになり精神科に受診して発覚する人がほとんどだと思います。
この論争について発達障害診断済みの僕が思うことを少し書いていこうと思います。

本人が困っているかどうか

僕が一番大事になる基準だと思うのが、本人が困っているかどうかというところです。
発達障害というのは白黒付けるのが不可能な障害で、その特性というのは人によってかなり異なるところがあります。
発達障害の人でも周りの環境や本人の能力によっては、たまたまうまく社会適応できて働けているというパターンも結構あるので、その人が困っているのかどうかというところが大事になってきます。
例えばASDの人だと、周りと円滑なコミュニケーションを取ったり、場の雰囲気や暗黙の了解を汲み取るのが難しい人が多いです。そういった人が何も考えずに、営業や接客の仕事をしてしまうと、苦労してしまうパターンは珍しくないですね。
しかし、本人が自分の特性を理解した上で、適職に付けているのであればそれは障害ではないんじゃないかなと思います。


例えば僕の周りだと、IT関係の会社に勤めていてエンジニアをやっている人は圧倒的にASDの人が多い傾向です。
そういった人たちはコミュニケーションは苦手でも、ロジックで物事を考えるのは得意だったり、プログラミング言語のように曖昧さがあまりなく、厳密に定義されているものを扱うのは得意なので、うまく働けている人が多いように感じます。
本人が困っているかどうか、うまく社会適応できているかどうかが一つの基準になるのではないでしょうか?

不注意優勢のADHDは個性とは言えないんじゃないか?

僕が一番気の毒に感じてしまうのが不注意優勢型のADHDの人です。
僕自身はADHDの傾向はあまりなくASDの特性が強く出ているので、あまり体験談を書くことはできないのですが、不注意優勢のADHDの人はどれだけ才能があってもそれを伸ばすのがなかなか難しい人が多いですね。


僕の友人でADHDの人がいるんですけど、その人はすごく頭が良くて某国公立大学卒なのですが、不注意がひどくて書類作業がうまくできず鬱になってしまい、新卒で入った会社をすぐにやめてしまったそうです。
その後、紆余曲折を経てフリーランスのイラストレーターになったのですが、それでもADHDの不注意というものは困りごとが多いですね。
確かに会社勤めに比べてフリーランスのほうが、本人の裁量が大きいので働きやすいという人もいると思いますが、フリーランスでもミスが許されなかったり、納期を厳守しないといけないということはあるので、ADHDの特性に悩まされる人が多い印象です。

ホリエモンが多動力という本を出して、ADHDも個性だ!みたいなことを言っていた記憶があるのですが、ADHDで一番困るのって多動じゃなくて不注意だと思うんですよね。
どんな仕事でもミスしまくりじゃ周囲の人があれ?って思うことがありますし、スケジュール管理が不要で納期がないなんて仕事はありませんからね。

社会が変わるのも大事

そんな発達障害ですが、とある本を読んでいて印象に残ったことがありました。
それは発達障害は本人にある障害ではなく、社会にある障害だということ。
これは僕も一部同意するところで、今の社会システム(特に学校)は時代に合っていないところも多いですし、そういった環境が少し変わっていけば、発達障害が個性だ!と言えるような人も少しは増えてくるのではないでしょうか?
今の学校教育というのは「周りと同じであること」や「集団生活に適応できて、空気が読めること」ばかり求められる傾向がありますよね。中にはいじめに遭ったりして、心の傷を一生背負うことになってしまう人もいます。

そういった環境が合わずにうつ病を発症してしまったりで、社会に適応するのが難しくなってしまうパターンの人が僕の周りでは結構多いので、そういった「周りに合わせること」ばかり求める学校教育が少しでも変わってほしいなと思っています。

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