発達障害の早期診断について。診断されても絶望するだけ?

発達障害

ASD/ADHD診断済みのともです。

発達障害と診断されて1年ほどが経ちました。
診断されたときはなんでもっと早く診断されなかったんだろうと思いつめたこともあったのですが、よくよく考えてみると早期診断を受けても救いがないのでは?と思ってしまいました。
理由は色々とあるのですが、まずは僕が発達障害と診断されるまでのことを振り返ってみます。

僕が発達障害と診断されるまで

僕が発達障害と診断されるまでのお話ですが、これは診断を受けてから10年くらい前の話まで遡ります。
まず、僕の場合感じ始めた違和感の一つが、人間関係をうまく作れないことでした。
小学生くらいまではまだそうでも無かったのですが、中学生あたりから徐々につまづき始めて、気づいたら友達がほとんどいなくて、グループ分けでも完全に余り物扱いになってました。
友達がいなかったのには色々と理由はあるのですが、一つは不登校だったことでした。
それからもう一つが中学受験で小学校時代に仲良くしてた友達と疎遠になったことです。

そして違和感が頂点に達したのが高校時代です。
高校時代ですが本当にいい思い出が無くて、空気が読めなくてクラスメイトから悪口を言われたり、友達と3人で出かけたらなぜかハブられたりと本当に訳が分かりませんでした。
元々学校を休みがちでしたが、更に休むようになって最終的には教師からも暴言を吐かれてしまい、中退してしまいました。

そしてその後、21歳になったときに精神科を受診して、うつ病と診断されしばらく経ってから発達障害と告げられたのです。

診断を受けても根本的な治療法は無い

僕は発達障害と主治医から告げられて今までの生き辛さの原因が分かり少し安心はしましたが、それと同時に絶望してしまいました。

どうしてもっと早く精神科を受診しなかったんだろうとか、もし幼少期に診断されていれば二次障害は発症しなかったんじゃないかとか色々と考え込んでしまいました。
しかしよくよく考えてみると診断がいくら早くても絶望することに変わりはないのです。

これはなぜかというと、まず1つとして発達障害を根本的に治す方法が無いことが挙げられます。
ADHDにはストラテラやコンサータなど、衝動性や多動、不注意を改善するお薬はありますが、あくまでも抑えるだけでこれを飲んだからといって治るわけではありません。

そしてASDは言うまでもないですが、改善する薬はほぼないです。
リスパダールがASDの人に処方されることが多いですが、空気が読めなかったり暗黙の了解が分からないみたいなことは治りませんからね(逆に治ったら恐ろしいです)

個性や多様性を大事にという嘘

そしてもう一つ挙げられる理由としては日本の学校教育にあります。
発達障害の人は嫌というほど分かってると思いますが、「子供の個性や多様性を大事に」なんてはっきり言ってです。
自分の個性を出そうものなら集団生活の中で浮いてしまい、いじめられたり社会不適合者のレッテルを貼られてしまいます。
発達障害の人(特にASD)はいじめに遭いやすいです。
自分の考えを主張することよりも、周囲に合わせることができる同調性が求められますからね。

同い年の子供たちが同じ教室で、同じカリキュラムを勉強するという今の日本の学校教育のスタイルがある限り、発達障害の人たちの生きづらさは変わらないと思います。

知的障害や身体障害がある場合は特別支援学級や、特別支援学校に通うことができませんが、勉強は普通に付いていける(というかむしろ得意)子供たちは行き場が無いのです。

中学受験は一つの逃げ道かもしれませんが、ある程度お金がある家庭に限られますね。

終わりに

発達障害の診断ですが、最近は世間の理解も少し進んだようで、早期に診断を受ける人もいるようです。
しかし、診断を受けて服薬するだけでは根本的な解決には至りません。
もちろん発達障害の当事者たちが社会に合わせていくことも必要なのかもしれません。
特にADHDの不注意はなかなか生活する上では辛いものでがありますし、服薬することも生きる上で必要なことだとは思います。

ですが本当に変わるべきなのは発達障害の人たちなのでしょうか?
僕は日本の学校教育が一番変わるべきだと思います。

建前では個性を大事にとしつつも、本音では使い勝手がいい労働者を作るというシステムが僕は根本的な原因だと思っています。
社会が変わらなければ発達障害の人たちの生きづらさというのもなかなか無くならないと思います。

発達障害持ちの皆さんは生きづらいと思いますが、少しでも社会を変えていくような存在になってほしいと願っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました