【レビュー】ニートがホリエモンの「すべての教育は洗脳である」を読んでみた感想

毎日が日曜日のぷろんとです。
先日PrimeReadingで配信されていた堀江貴文さんの「すべての教育は洗脳である」を読み終わりました。
なかなかの刺激的なタイトルで読む前からずっとワクワクしていたのですが、思ったとおり内容は心に突き刺さるような言葉が散りばめられており、とても勉強になりました。
この記事では現代の日本の教育がいかに人々を洗脳してきたかを明らかにしていきたいと思います。

学校は国策「洗脳機関」である

これは著書の第一章のタイトルですがかなり衝撃的ですね。
学校といえば誰もが通い、身近な施設なのでとても洗脳するためとは思えませんよね?
では一体学校ではどういったことを洗脳されるのでしょうか?
それは常識です。

残念ながら普通に暮らしてる限り、「常識」という教義の危険性に気づく機会は少ない。
中略
国家は、全国に4万6000箇所もの”出先機関”を設け、この国で暮らす人達すべてをその魔の手にかけている。
その出先機関とは「学校」

堀江貴文 すべての教育は「洗脳」である より引用

そもそも常識とは一体何でしょう?
知識とはファクトをベースにしたものあり、主観が入っていないものです。
しかし常識とは抽象的でなかなかイメージできませんね。
ここでホリエモンは常識を以下のように定義しています。

一方、常識とは「解釈」である。
主観の入りまくった、その時代、その国、その組織の中でしか通用しない決まりごと。
それが常識である。
堀江貴文 すべての教育は「洗脳」である より

 つまり常識とは主観の入りまくった偏見の一つであるのです。

学校は労働者を大量生産する工場!?

学校と工場なんて共通点なんか無いと思われがちですが、仕組みはほとんど同じです。
工場は徹底的にマニュアル化され、検品体制を整備して納品しています。
これに対し学校も常識という名のマニュアルを人間に叩き込み、社会(会社)に納品するのです。
ここで規格外(常識に従わない人間)になってしまったらどうなるのでしょう?
答えは簡単で言うことを聞くまで常識を叩き込み、時には暴力的な手段まで使って言うことを聞かせるのです。

日本の教育は明治維新以降、何も変わっていない!

結局、日本は戦後に教育改革だのなんだの言っておきながら、教育の根本的なところは明治維新以降一切変わっていません。
敗戦してから平和主義の教育に移り変わったと思ったら大間違いです。
皆さん学生時代をよく思い出してみてください。
運動会での意味の分からない行進や、制服の着用、「前ならえ」や「回れ右」など、完全に軍隊のような教育ですよね?
登校時間に登校しないと怒られるとか定時出社の練習かよって感じです。
個人的に一番、軍国主義的だと思うのが甲子園です。
グラウンドにはなぜか女子は入れませんし、球児たちは皆、丸坊主で試合に負けたら泣きながら甲子園の土を持って帰ります。
ピッチャーは肩が壊れるまで投げ続けます。
私は甲子園で感動する人が多いのにとても違和感を感じます。
なぜならあれはいわば感動ポルノであり、軍国主義の象徴でもあるからです。
しかも甲子園の主催者が自称平和主義の朝日新聞なのもなかなかの皮肉です。

こんな教育をしていて将来どんな人材になるのでしょうか?
教師の言われたとおりのことしかできない人間が大人になって、将来何かイノベーションを起こすことができるでしょうか?
いくらプログラミングを必修にしたりして改革したように見せかけても、根本的なところが何も変わらなければ意味がありません。
今の日本の教育ではお金をかけて、将来使い物にならない人材を大量に生産していると私は考えています。

終わりに

こうして見るとなかなか衝撃的な内容でしたね。

既に洗脳されてしまった方も、この本を読めばきっと「何か」に目覚めることになるでしょう。

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